イーガン『ゼンデギ』感想

[小説][SF]『ゼンデギ』 グレッグ・イーガン 著 山岸真 訳 ハヤカワ文庫SF
ゼンデギ (ハヤカワ文庫SF)

第一部。
2012年のイラン。今の我々から見ると近過去ですが執筆と原著刊行の時点では近未来。
オーストラリア人ジャーナリストのマーティンの、政治運動の取材(とややそれを踏み越えた関わりも)を通じて、友や伴侶を得るお話。
ボンクラで面倒くさい性格のマーティンが、ときに勇気をもって人を助けときに身動きのできない冷凍トラック内での退屈を好きな女性の脳内画像コレクションを整理することで乗り越えときにアクション映画級の落下人キャッチを体を張って行う。
2012年アメリカ。MITでヒト・コネクトーム・プロジェクトに参加しているイラン人情報科学者ナシムのお話。
自身の研究の進展やその研究目当てに接近してくる怪しい男キャプランに悩まされながらの日々。そして伝わってくる祖国イランのニュース。
頭の良さそうな人たちの手の込んだギャグ(アマゾン就職プレゼン)に笑いながらもけっこう重要なことがそのあたりに掛かれていて油断できない感じが、流石イーガン。
そしてマーティン・ナシム二つのパートで蒔かれた種が、第二部で華開きます、絡み合いながら……。

第二部は第一部の15年後のイラクで、子供のために自分のサイバーな分身を残そうとするマーティンとそれに協力するヴァーチャル・リアリティ・システム<ゼンデギ>の開発者となったナシムのお話。

実は7月に一回読み終えていて今回再読。
更に訳者あとがきで触れられている『王書 古代ペルシャの神話・伝説』も併せて読みました。
やっぱり傑作。『王書』もたいへん面白かった。
ストレートに読むと、マーティンの子供を思う気持ち、その想いと思い込みが強過ぎてせつない空回りをする部分が読みどころ。
ナシムの亡き父への想いとそれに突き動かされた(と自分では思っている)行動の結果の挫折感も含めて、この作品は自分で思っていることと実際のギャップが、重要なモチーフだと思いました。
マーティンもナシムも、けっして愚かな人ではないのに、けっこう間違っている。普通の人として。
その一面的な見方ゆえの脆さみたいなものは、サイドローディングによって作られた知性や思い出の中の人物も同様なのかも。
でもそんな人々が、その中で精一杯に伸ばした腕を握りしめることができた場面が美しいです(完全な相互理解はできていないことも含めて)。

ラストでナシムが思い描く未来がSFとして高まる感じですが、そこは読者の想像にお任せしている。
キャプランが本当のことを言っていないかも、とかも)
『王書』を読んだあとだと、マーティンの息子ジャヴィード(シームルグに面倒を見てもらってる)が、悪鬼キャプラン相手に大冒険とかも想像してしまいますね。