『本屋さんのダイアナ』柚木麻子 著 新潮文庫

本屋さんのダイアナ (新潮文庫)

わたしはSFやミステリなどのジャンル小説を中心(というかほぼそればっかり)に読んできているので、非ジャンル小説を読むのは新鮮でした。
という訳で初挑戦の柚木麻子作品でしたが、……大傑作。
ダイアナ(日本人です。正式表記は大穴)と彩子という、生まれも育ちも性格も対照的な二人の少女が小学三年生で出会ってからの十年強の人生を描いています。それぞれの一人称を交互に。
まずは二人のキャラクターそれぞれが良い。
訳あって金髪に染めていて本が大好きでちょっとぶっきらぼうなダイアナ。
同年代ではしっかりしているように見えるし勉強もできるけど実は甘えん坊で子供っぽい彩子。
お互いに相手の見た目も環境も羨ましく思っていることを、そしてそれ故に惹かれあうこと(後の反発も含めて)を、相互の視点を交互に描くことで立体的に浮かび上がせていく手腕がお見事です。
二人が中学、高校、大学、社会人、と成長していくにつれ、悩みや喜びや想いも変わっていく。
それでも常に本と共にあるのが本好きな読者としては大きく共感できるところ。
そして作中にでてくる数々の実在の名作と並んで架空のシリーズ『秘密の森のダイアナ』。
この架空の作品を巡る謎も、とても面白く、後半重要なカギとなります。

もし、もしですよ、この作品が映像化されたなら(映画よりもTVドラマかな、あってるの)ぜひテーマ曲として欲しい、というのが極めて個人的な趣味でこれです(RYUTist好きなのです)。

『1984年のUWF』柳澤健 著 文藝春秋

1984年のUWF

もうなんというか序章の少年中井祐樹が溜まらない。
小学生でプロレスを馬鹿にする同級生に口で負けたことがなく、中学生で第一次UWFに後れを取るまいと学校でプロレス団体を立ち上げる。
かっこよすぎるだろう。

その後、カール・ゴッチ佐山聡藤原喜明前田日明というUWFのキーパーソンに即して、プロレス側からの格闘技への志向を描き出していく。それと同時に、成長した中井少年が佐山聡が創始したシューティングという格闘技の選手としてそれを逆から見ている構図。

面白い。
当時、元々猪木信者だったわたしもプロレス最強からのUWF、という方向性に(全面的ではなかったけれど)立脚して日々を過ごしていて、本書に引用されている様々な本も読んでいました。
時代が動いている手ごたえ、というのを確かに感じて。

知らなかったこと、知っていたこと、知っていたけれど忘れてしまっていたことを、たっぷりと読める幸せ。
まだまだ掘り下げてほしい部分もあるし、ヒクソンVS高田で終わっているので続きが読みたい気持ちもある。
ただダッチ・マンテルについてこんなに読めたのがうれしい驚き。

『シン・ゴジラ』 ネタバレ感想

シン・ゴジラ音楽集














ではネタバレ感想を。
アメリカのレジェンダリー・ピクチャーズ製作ギャレス・エドワーズ監督による『GODZILLA ゴジラ』のヒットを受けて日本でも『ゴジラ』を作るっていうニュースを聞いたとき、庵野監督でやればいいに〜、と思っていた。
きっと素晴らしい『ゴジラ』を作ってくれるだろうって。
そしたら庵野総監督&樋口監督・特技監督という布陣になった。
大丈夫だ。
あとは公開を楽しみに待っているだけでよかった(宣伝が少なくて不安にはなったけど←結果としては先入観なしで観られてよかったよ)。

という訳で『シン・ゴジラ』。
前情報なし、で観た。
ショック。
うわー、なにこれ!
これはゴジラじゃない。これはゴジラのエサになる怪獣だ。
メガヌロンだよ。
きっとゴジラから食われそうになって逃げて上陸してきたんだ。
と最初の上陸怪獣(のちにゴジラ第2形態と判明)を見たとき思った。
違った。
変わった。
進化というか変態というか。
おおっ、その手があったか!
ということでサプライズにやられてそのまま心の中で拍手し続けて観ていきました。
街が、踏切が、信号がかっこよく。
政治家が、官僚が、技術者が、自衛隊員がきびきびと。
セリフを含めた映像のテンポが気持ちいい。
巨災対というはみだし者・縦割り序列越境チームが、物語上でのゴジラ対応の要となりますが、彼らがの才能だけでゴジラに立ち向かえる作りにはなっていない。
とことん才能を発揮できる環境というカタルシスと同時に、ほかの組織との調整、上から承認が必要というごつい足枷によってリアリティを補完する。
そこが気持ちいい。
一方今作のゴジラはというと。
見た目、遺留物、行動からこの巨大生物らしきものを推測していくしかない。
明確な意志がるあるのかないのか人間には判らない。
実はわたしが怪獣映画を観るとき、登場怪獣の心理を(心の中で)アテレコしていたりする。
えっ、俺だけですか、それって。
ビオゴジとかクレバーな感じで「ふっ、かかったな人間」みたいな。
ある意味、高貴で高い知性を持った野生動物みたいな感じで観ていた部分がある。
でも今回のゴジラにはそれができない。
そこは最初のゴジラと一緒ですね。
人間を憎んでいるのか見下しているのか関心があるのかないのかも判らない。
終盤、ヤシオリ作戦で血液凝固剤を経口投与されて一旦動きを止めたゴジラが、突然前触れもなく熱戦を吐き出して第一部隊を薙ぎ払ってしまうところなんかは、酔っぱらって横になっているところを介抱されていた人が、下呂を吐いたみたいな感じで吐いた人もそれを掛けられた人も哀しい、という印象に(作戦名的には合ってるのでその解釈でいいのかも)。
絵面としてギャグみたいだけど、というのは特撮としてはけっこう大事なことで、平成ガメラ一作目でギャオスを閉じ込めるのに福岡ドームを使うように、高層ビルを倒してゴジラを下敷きにするときのカッコよさと大笑いが同時にくる感じが好きです。
特撮というパースを狂わせることを武器とする映像の力ここにあり。


傑作!と満足して劇場をだけれど、一度観ただけではちゃんと受け止められていないところも多々ありそうなので、また観にいこうと思っている今日この頃です。

イーガン『ゼンデギ』感想

[小説][SF]『ゼンデギ』 グレッグ・イーガン 著 山岸真 訳 ハヤカワ文庫SF
ゼンデギ (ハヤカワ文庫SF)

第一部。
2012年のイラン。今の我々から見ると近過去ですが執筆と原著刊行の時点では近未来。
オーストラリア人ジャーナリストのマーティンの、政治運動の取材(とややそれを踏み越えた関わりも)を通じて、友や伴侶を得るお話。
ボンクラで面倒くさい性格のマーティンが、ときに勇気をもって人を助けときに身動きのできない冷凍トラック内での退屈を好きな女性の脳内画像コレクションを整理することで乗り越えときにアクション映画級の落下人キャッチを体を張って行う。
2012年アメリカ。MITでヒト・コネクトーム・プロジェクトに参加しているイラン人情報科学者ナシムのお話。
自身の研究の進展やその研究目当てに接近してくる怪しい男キャプランに悩まされながらの日々。そして伝わってくる祖国イランのニュース。
頭の良さそうな人たちの手の込んだギャグ(アマゾン就職プレゼン)に笑いながらもけっこう重要なことがそのあたりに掛かれていて油断できない感じが、流石イーガン。
そしてマーティン・ナシム二つのパートで蒔かれた種が、第二部で華開きます、絡み合いながら……。

第二部は第一部の15年後のイラクで、子供のために自分のサイバーな分身を残そうとするマーティンとそれに協力するヴァーチャル・リアリティ・システム<ゼンデギ>の開発者となったナシムのお話。

実は7月に一回読み終えていて今回再読。
更に訳者あとがきで触れられている『王書 古代ペルシャの神話・伝説』も併せて読みました。
やっぱり傑作。『王書』もたいへん面白かった。
ストレートに読むと、マーティンの子供を思う気持ち、その想いと思い込みが強過ぎてせつない空回りをする部分が読みどころ。
ナシムの亡き父への想いとそれに突き動かされた(と自分では思っている)行動の結果の挫折感も含めて、この作品は自分で思っていることと実際のギャップが、重要なモチーフだと思いました。
マーティンもナシムも、けっして愚かな人ではないのに、けっこう間違っている。普通の人として。
その一面的な見方ゆえの脆さみたいなものは、サイドローディングによって作られた知性や思い出の中の人物も同様なのかも。
でもそんな人々が、その中で精一杯に伸ばした腕を握りしめることができた場面が美しいです(完全な相互理解はできていないことも含めて)。

ラストでナシムが思い描く未来がSFとして高まる感じですが、そこは読者の想像にお任せしている。
キャプランが本当のことを言っていないかも、とかも)
『王書』を読んだあとだと、マーティンの息子ジャヴィード(シームルグに面倒を見てもらってる)が、悪鬼キャプラン相手に大冒険とかも想像してしまいますね。

宮内悠介『エクソダス症候群』感想

[小説][SF][ミステリー]『エクソダス症候群』宮内悠介 著 創元日本SF叢書 東京創元社
エクソダス症候群 (創元日本SF叢書) (創元日本SF叢書)

未だ開拓途上の火星。物資が不足し地球と同水準の生活は維持できない。
人々は馬車を主な交通機関とし、代替コーヒーを飲んで暮らしている。
その火星でただ一つしかない精神病院ゾネンシュタイン。
薬も乏しく、地球ではすでに薬によって克服されているエクソダス症候群の患者も多い。
そのゾネンシュタインへ地球から若き精神科医カズキ・クロネンバーグは赴任してくるところからこの物語ははじまる。
精神科医でかつてゾネンシュタインに勤務していたカズキの父は、ある秘密を抱えたまま幼いカズキを連れて地球へ移住した。
成長したカズキは、地球に蔓延する新たな病・突発性希死念慮よって恋人を失ったことを契機に地球を離れ、故郷である火星で父の抱えていた秘密と己の自身の秘密に向き合うことになる。



待ちに待った(そう、ずっと待っていたのだよ)宮内悠介の初長篇がついにきました。
あれだけ待たせたのだから内容が以前予告されていたものから変わってもおかしくないと思いましたが、そこは変更なく火星の精神病院のお話。
未来の火星、今現在の我々より未来だけど物資に乏しい火星では地球ほどには進んだ医療行為はできない、ということで火星というオルタナティブを使って最先端医療から一旦距離をおいた視線による精神医療史を描いていきます。
それをメインテーマとして面白く書けるのが宮内悠介のすごいところ。
それこそ矢吹駆シリーズや京極堂シリーズ級の面白さ。
ただある意味もっとすごいのは、矢吹駆や京極堂がいないそれぞれのシリーズな感じなところで、普通の人ががんばって事件に挑む。
物語的というか設定的にはめちゃくちゃ作為的な人物たちが登場するのだけれど、それでも彼らには(へんな言葉ですが)架空の実在の人物といった趣がある。
己の生い立ちやら経歴やら置かれた状況の異常さ(もしくは素晴らしさ)にほとんど頓着しない。
淡々とできることをやる。
その部分が作中の緊迫した状況と奇妙なもつれをみせてちょっと変わったユーモア(押井守のある種の作品のような)と、ドラマ部分の心情的説得力を形作っています。
楽しく読めた傑作でした。


宮内作品の特徴として、実在の人物やエピソードを鋭い嗅覚で小説に引っ張ってくる部分がありますが、そういうことを可能にする膨大な参考文献を読んでいるときに感じたかもしれない読み心地のようなものを、この作品には落とし込んでいるような気がします。
この小説で描かれた事件の資料を読んでいる未来の宮内悠介からのメッセージのようだ、といいますか。
そして個人的には(というか今までも個人的な感想しか書いていませんが)、この事件を題材に宮内悠介にもっと小説を書いて欲しい、と思っているので、病院内から一歩も出ない安楽椅子探偵で真夜中に名推理をするノブヤや、賞金稼ぎアイドル・カラミティ・ジェーンとおっかけ医師シロウのお話を連作短篇とかで読んでみたいです。
そうやって書き継がれていくことで、この馬車が走っているのにコンピュータがあってネットがあって仮想空間があるスチームパンク的な赤い星が、われわれ読者の心の故郷に本当になっていくのだと思います。

雪が降ってきた。

[小説][SF][ホラー]『邪神決闘伝』菊地秀行 著 クトゥルー・ミュトス・ファイルズ 創土社
邪神決闘伝 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

あとがきでも触れられている、二重人格化した沖田総司が、恐竜が跋扈しそれに立ち向かうため蒸気機関車に列車砲を積んだり、アメリカ政府特殊部隊に吸血鬼がいたりの異形の西部で、坂本龍馬を追う『ウエスタン武芸帳』シリーズが大好きなわたしとしては、この本の話を知ったときから買う以外の選択はなかったのです。

という訳で、『邪神決闘伝』。大学時代は西部劇映画のTV放送があったら極力観ていたとはいえ、わたしの基本的な銃や西部(劇)に対する知識は小学校のころに読んだムックどまりなのですが、それでもやっぱり楽しかった。
ある理由で銃弾が当たらない秘法を授けられている主人公の賞金稼ぎが、日本からやってきた忍者シノビとコマンチの呪術師の技をもつ美女ポーラとともにそれぞれ不思議な能力をもつ4人の無法者を追う。
その旅の過程でワイアット・アープなど西部で名を成す有名人も多数登場し、敵になったり味方になったり主人公たちとスリリングが関係を結ぶことになる。
西部の厳しく美しい自然でなんとか生きていく人々の姿は、海の底に眠る巨大な存在の力に翻弄される無力な人類の姿に重なり、もの悲しさが全篇の底流に流れている。
そして主人公と無法者たちの捻じれた関係性(基本的には同じ力を持っている)も良いけれど、美味しいところは全部シノビが持っていく。
NINPOU万能過ぎだ(というツッコミを主人公がしているくらいw)。
シノビが主人公の作品も予定されているようなので、決め台詞は「基礎学習だ」でお願いしたいです。

『ピース』ジーン・ウルフ著 西崎憲・館野浩美訳 国書刊行会

ピース

オールデン・デニス・ウィアという老人(?)の回想(?)の物語。
彼が頭に思い浮かべるのは今のこと過去のこと未来のこと。
少年時代の美しい叔母との暮らし。叔母の求婚者たちとの様々なエピソード。
中年時代、図書館員との恋と冒険と古書をめぐる推理。
語られることによって読者の脳裏に浮かぶ物語。
それと同じくらい語られないことによって浮かぶ物語。
これってひょっとして……じゃないか、と(登場人物たちが気がついていないことが)判ったとき、深くウルフの描く物語に囚われる。
溜息のでるような美しさで、強く魅了してくれる傑作でした。